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横浜メンタルコーチング

我慢と不満は万病の元。ココロとカラダを解き放て!

「感じる」ことよりもずっと大切なこと

誰もいない教室の写真

こんにちは。

 

スピリチュアルや霊感。

私は否定はしませんが肯定もしません。

 

一人ひとりの存在自体がスピリチュアルであり霊的である。

私はそう思っています。

 

敏感と鈍感。

人は無意識のうちにこの二つを上手く使い分けて生きています。

敏感にすべてのことを受け入れると脳は完全にパンクします。

かといって、何も吸収できなければ生きていけません。

だから、脳は必要な情報が勝手に入ってくるシステムになっているのです。

 

人間関係。

自分の将来。

体のこと。

悩みは「感じる」ことで生じます。

 

未来が見えない。。。

やりたいことが見つからない。。。

進むべき道が見えてこない。。。

なぜか、解決策は感じることができません。

 

けれども、安心してください。

脳は勝手に解決策を探してくれようになっています。

 

しかし、一つだけ条件がございます。

それは、感じる「ベクトル」を変えるということです。

置かれたままのバーベキューコンロの写真

私には「霊感」というものがありません。

しかし、見えないものが見えるのです。

なぜだか分かりますか?

それは、見ようとしているからです。

 

自分が通っていた小学校、中学校、高校、大学。

いつ行っても、当時のクラスメイトや先生、そして自分を感じることができます。

中には、残念ながら病気や事故で亡くなってしまった人もいます。

けれども、「リアル」に感じることができるのです。

 

これは自分の未来に対しても同じです。

私は未来を感じることができます。

 

自分の将来や、やりたいこと、進むべき道が見つからないという人。

そういう人たちも「感じよう」としているのは確かです。

 

しかし、私が実践していることはちょっとだけ違います。

それは、「感じてあげよう」としているのです。

 

感じること。

感じてあげること。

 

似ているようですが、全く違います。

ベクトル(矢印)が自分に向かっているか、それとも自分から出ているか?

 

感じようとするのは「得よう」とすること。

つまり、ベクトルが自分に向かっています。

 

感じてあげようとするのは「与えよう」とすること。

つまり、ベクトルが相手に向かっています。

 

感じるのではなく、感じてあげる。

それに気付けば自分を含め、すべての人に愛情を持つことができます。

 

そうすれば人と「つながろう」とします。

それこそが自分の未来を切り拓く「初めの一歩」となります。

親が子供に高い高いをしている写真

おわりに。

 

いずれ、あなたも私も土に還る時がやってきます。

そこで終わりと考えると、なんか悲しいですよね?

 

人は物理的に生命が途絶えても生きていくことが可能です。

情報空間には寿命がないからです。

決して、「あの世」の話ではありません。

 

人から感じてもらえれば、それはまだ存在していることを意味します。

 

見えるもの。

形あるもの。

それらがすべてだと考えるには無理があります。

 

見えないもの。

形あるもの。

それらを感じてあげようとした時に、「自分」という一番見えないものが見えてくる。

 

私はそのように思っています。

 

あなたはどう思いますか?

 

それではまた。

 

木漏れ日の写真