横浜ライフコーチング

身体性を重視した、脱力系次世代幸福論。

繊細さん必見!メンタルを壊さずに職場で誰よりも長く生き残る方法

壁に落書きをしている姉妹の写真

 
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鬱傾向のある人ほど、「不平等」に対して普通の人より脳が反応するという実験報告がある。

しかし、自分だけ得をすればいいという考えでも、脳の扁桃体というストレスと密接に関わる部位が激しく反応することも分かっている。要は、メンタルを健康に保つためには得を意識し過ぎても、損を意識し過ぎてもダメなのである。

かと言って平等の意味を履き違えると、これまた心が疲弊してしまう。例えば、行きつけのファミレスに入って席に座った瞬間、周りを気にせず大声で話しをするグループがいることに気付いたとする。そのとき、「みんなも静かにしているのだから、お前らも静かにしろよ」と声に出さないとしても心の中で思うのが普通だと思う。

けれども、「今日は運が悪かったな。さっさと食べて店を出よう」と、あえて前向きに不平等を受け入れだけでも意外と心に害は及ばないものである。実際、静かな空間を確保できなかっただけのことであり、ある程度オーダーして食事が運ばれてきた後にうるさいグループが入店するよりは、逆に運が良かったとも言える。

仕事においても「なんでそんなこと出来ないの?」とか「なんでそれくらい覚えられないの?」って思ったり、思われたりする場面が多々あるもの。そんなときこそ、「組織は助け合いと尊重で成り立っている」という思考に切り替える習慣を持つだけでもイライラは収まっていく。

逆に、助け合いと尊重がなければそれは組織とは言えない。もし、あなたが個人プレーにおいて有能だと思われていたとしても、部下が同じくらい有能でなければ意味はない。有能な人だけ大切にし過ぎても、その人が辞めてしまえばプラマイゼロ。真に有能な人とは、自分がいなくても組織が成長・発展できるよう知恵を残す人のことを指すのである。

 競争社会が生み出す総孤独社会

日本はいま、世界から“あること”で注目されている。それは、世界で初めて超高齢化社会に突入しようとしている国だからである。世界的にもまだ前例がなく、どのようにして我が国がその問題を乗り越えていくのか、成功例、失敗例どちらの手本になるのか腕の見せ所を迎えようとしている。

この問題を乗り越える解決策は意外と単純だと私は思っている。それは、「健康寿命」を伸ばすことである。とにかく、寝たきりの人を増やしていはいけない。

そして、もう一つ重要なこと。それは孤独な人を生み出さない社会づくりである。超高齢化社会にとって最大の敵は孤独なのだ。2年前、イギリスで「孤独担当大臣」というポストが新設され話題になった。

孤独な人を生み出さないためには「横」のつながりが不可欠なのはいうまでもない。そのためにはもっと平等というものを社会に浸透させていかなくてはいけないと感じている。
 
 助け合いと尊重に徹した者が生き残る

タンザニアのハッザ族には鬱の人も腰痛の人もいない。それは平等という概念が浸透しているからだと言われている。(腰痛とストレスの関係性を知りたい方はこちらの記事を)

人は誰でも、心地よく教育を受け、心地よく働き、心地よい生活を送る権利を持っている。もし、それを邪魔する者がいれば徹底的に戦うべきだ。

心地よく生きる権利を奪おうとすることは、平等の放棄であり、人としての権利、つまり人権を奪おうとしていることを意味する。だから、絶対に理不尽な圧力、悪意、不平等に屈してはいけない。

どんな組織であろうと、社会であろうと、助け合いと尊重に徹した者が生き残る。これは真実であり、事実でもある。それを実践できない者は、どんなスキルや経験を有してようが誰からも必要とされなくなり、やがて孤立する。

それはまさしく生きた屍であり、そうならないためにも平等と助け合い、そして当たり前のように互いを尊重できる心を持つことが最強のライフハックであり。

変えるべきものは、心ではなく人。これに気付いた瞬間、人は本当の意味で生まれ変わる。

木漏れ日の写真

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リモートワークが主流になるほど、対話力のない人は死んでいく。

湖畔にたたずむ男性の写真

 
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会話と対話。この違いを知らない人は一生、迷路のような人間社会を傷つきながら彷徨い歩くのかもしれない。会話はひとときの安らぎをもたらしてはくれるが、心のつながりを構築するほどの力はない。

何気ない会話は存在する。けれども、何気ない対話という言い方はしない。“何気”という言葉の中に「気」の一文字が入っているように、気がなければそれは対話ではない。つまり、対話をする事自体それは気の交流を意味しているのである。

真剣に会話をすれば、それが対話を意味するとは限らない。対話とは、両耳で行う情報空間という場の共有である。つまり、対話を行うことで、相手と自分という二人だけしか存在しない仮想世界を“現実的に”生み出すことが可能になる。

しかも、その共有した仮想世界をコントロールする者が、現実世界における相手の支配者になれるのである。これは極めて危険な事実で、歴史上の誰もが知る独裁者たちやマスメディアが民衆を操るために利用してきた常套手段であり、逆に言えばその知識を有する者が独裁者やメディアの帝王になれたのである。

かと言って、対話をすれば他人をコントロールできるようになる訳でもない。相手と自分の生活スタイル、文化背景、年齢、社会的地位がかけ離れているほど、互いに理解し合える話題や共通の接点を見つけ出すのは困難になるはずである。けれども、その壁を突破することはそれほど難しくはない。これは、私自身のセールス経験からもそう断言できる。

 日本人は言葉の過信に気付いていない

たとえばの話。もしあなたが、一回りくらい歳下の女性からダイエットの方法を教えてほしいと頼まれたら何と答えるだろうか?

ダイエットの経験がない人なら、思いつくかぎりの流行りのダイエット方法を挙げて適当に答えるかもしれないし、ダイエットに詳しい人や、健康に気を遣っている人なら自身の経験に基づいたアドバイスをするのかもしれない。

回答に関して正解は一つではない。けれども、もし相手から好意や信頼を得たり、親密な関係を築きたいのであれば、正解は一つである。実際、私はダイエットに関してはかなり詳しい方である。だからといって、経験をベースにした回答は行わない。私なら、このように答えると思う。
 

“ごめん、ダイエットとか自分ほんと疎くて。けど、もしかしたらダイエット成功させて何かしたいことあるの?

話せる範囲でいいから教えてよ。こっちからはダイエット方法とか教えられないけど、応援するよ。気が折れそうになったらまた声かけて。”

 
人は真の目的を他人には言いづらかったりする。なぜなら、人が持つ悩みや願望はものすごく人間臭いから。それらを包んだオブラートを丁寧にはがしていく作業、それこそが対話だと私は思っている。

YouTubeTwitterといった利用者数が多い発信媒体で支持を得ている人ほど、人間が持つ悩みや願望を具体化する能力に長けているのも事実。逆に、人が持つそれぞれの悩みや願望を段階的に抽象化する能力も必要である。

学生が必死に勉強したり、社会人が資格を取ったりするのも両者を抽象化して辿り着くのは、儲けたい、モテたい、楽に生きたいといったシンプルな願望だったりする。(もちろん、そうでないことも多々ある)
 

 会話をしながら対話を意識しよう
 
リモートワークが優勢になっても、アイディアや偶然性を求める人たちにとっては物理空間というリアルな場における接触がまだまだ主流になるのは予想できる。しかし、リモート化が進んだ企業に接触を試みたりする場合、事前にプレゼン資料を動画にまとめたりする作業が必要になるのも事実である。

その際に求められる能力こそ、まさに相手が抱えている問題点や解決したいこと、そして相手がこちらに望んでいることの抽象化と具体化のスキルなのである。そのスキルはビジネス書を何冊も読み漁って付くようなものではない。常日頃行っている何気ない会話に注意を向けて、少しでもそれを対話に置き換えることが可能かどうか意識に上げることで身に付くものなのである。

私自身、個人相手のセールスと法人営業の両方経験したが、移動に使う時間とエネルギーをこうした資料の作成に費やせるだけでも仕事の精度はかなり上がると思っている。

目に見える努力がある程度評価される時代は終わりつつある。これからは目に見えない努力が、目に見える結果として表れる。まさに本当の実力で評価されるときがやってきたのである。

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コロナショックで起業を考えている人は「やりたいこと」より「伝えたいこと」を見つけよう

霧の中にたたずむ女性の写真


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これだけ自粛期間が長く続くと、「好きなこと」とか「やりたいこと」で起業を考えている人って結構いるはず。それは、すごくいいことだと思うんだけど、実際ほとんどの人が夢のまま終わることの方が多かったりする。

なんで、そうなるのかというと、コーチングの観点から説明すれば脳のホメオスタシス(恒常性維持機能)が働くから。会社を辞めることに恐怖を感じたり、副業として何かを始めようとしても、脳が「別にこのままでもいいかな」といろんな理由を見つけて現状に留まろうとする、一種の生理的機能が無意識を支配してしまうためである。

けど、コーチングを学んだ人や、脳の機能を知っている人でさえ、いざ行動を起こそうとしても足踏みしてほとんどの人がやらないのも事実。そうなると、物理的障壁を一つずつ取り除いていくか、あとは根性とか体力で強行突破するしかないのかもしれない。

強行突破して情報発信を初めても、またそこで挫折する人がほとんどなので、副業とか起業は相当覚悟を持って始めるか、それとも逆に緩くまったりやるかの二者択一になってくる。

「好きなこと」とか「やりたいこと」を仕事にしようと考えた場合、その勉強をするための費用や設備投資の額が、金銭的だけでなく精神的負担にもなってきたりする。けど、思考を少しずらすだけでその負担は一瞬でなくなったりもする。

では、どうやって思考をずらすのか?

たとえば、コーヒーが好きな人は自分でカフェを開業するのではなく、コーヒーに合うスイーツの作り方をカフェを経営している人に教えたりするほうが、始めやすいし競合も少ないはずである。

要は、体より頭脳を使うほうが、出だしの足かせもなく負担も一気に減らせるのである。

コロナショックで、みんながお金のない状態、みんなが時間だけはある状況。「お金がない」とか「時間がない」はもう言い訳にならないし、最後に「仕事がない」とか言い始めたらそれこそ思考停止という名の病。その病は一生治らないと思う。

この状況を危機と捉えるか、チャンスと捉えるか?結局最後はあなた次第!

 

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コロナ収束後の大不況下で「うつ病」にかからないための予防策とは?

砂時計の写真


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2008年のリーマン・ショックに端を発した世界同時不況をきっかけに、アメリカではオピオイド(鎮痛効果のある麻薬性化合物)の乱用者が急増したといわれている。

また、オピオイドの乱用による死者数がかつてなく増加し、とくに20代から50代の働き盛りの世代にその傾向は見られ、これは鎮痛以外の“覚醒”目的に多用されたことを示している。

アメリカで起きたことは、10年後に日本でも起きるといわれるが、鎮痛系のクスリが蔓延するような事態にはなっていない。日本には国民皆保険制度があるため、アメリカのように闇ルートで安いクスリを手に入れようとする人がほとんどいない。しかし、精神的な安らぎを求めて危険ドラッグや麻薬に手を出す人が今後増える可能性は否定できない。

実際、日本でもメンタル系の疾患を有する人の数は年々増え続けており、今回のコロナ感染拡大による経済の停滞で、さらにその拍車が予想以上にかかるのではないかと私は見ている。

下に、精神疾患を有する総患者数の推移をまとめた「厚生労働省による『患者調査』」から、いくつか疾患別の患者数を抜粋しておいたので参考にしていただきたい。

 

◆気分[感情]障害(躁うつ病を含む)

104.1万人(2008年)→127.6万人(2017年)


神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害

57.1万人(2008年)→83.3万人(2017年)

 

認知症アルツハイマー病)

24万人(2008年)→56.2万人(2017年)

 

厚生労働省「患者調査」より

 

高齢化社会と大不況。生き残るための鍵は◯◯◯設定にあり!?
 
世界で最初に超高齢化社会を迎える我が日本。たとえ大不況になろうと減税は期待できないし、年金だってどうなるか分からない。そんな状況下で私たちはどうやって心折れずに生きていけばいいのだろうか?

その鍵となるのは、個人がそれぞれの幸福を諦めずに追い求める。これ以外にないと私は考えている。そのために必要なこと、それは人生における真の“ゴール設定”である。これはお花畑発想では決してない。

お金がないと幸せになれないと思っている人は、この際もっと学ぶことに自己投資してもらいたい。お金は人とのかかわり合いの中でこそ意味をなし、貯め込めば結局いまの外出自粛による経済停滞をさらに悪化させてしまうことを理解すべきである。

2002年、私はキューバを一人で旅したことがある。当時、大学教授の月給がUSドル換算で約10$ほど。観光客相手にドル札のチップをもらえる仕事でないと、コカ・コーラでさえ普通に買えない生活である。(現在は一般市民のドルの所持は禁じられている)
 
それでも、キューバの人たちは自分の仕事に誇りを持ち、人生を謳歌しているように私には見えたのだ。その根底にあるのは、“諦めの美学”だと私は思っている。

けれども、我々日本人には幾度となる荒波を乗り越えてきた成功体験がある。だから、全然諦める必要なんてないわけで、いまこそ先人たちが残していった知恵とスピリットをもう一度お借りしようではないかと私は考える。

あなたはどう思うだろうか?

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ポストコロナの転職活動では経験やスキルよりも「信用」をアピールせよ!

レストランの写真


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私が小学二年生の頃、アニメの「キン肉マン」が流行っていたんだけど、自分は専らリアルなプロレスにしか興味がなく、テレ東の「世界のプロレス」、テレ朝の「ワールドプロレスリング」、日テレの「全日本プロレス中継」の放送が毎週待ち遠しかったのを覚えている。

当時からプロレスファンはジャイアント馬場率いる全日本プロレスと、アントニオ猪木率いる新日本プロレスのどちらかを必ず贔屓していて、私は完全に全日派。巨人ファンには巨人ファンの友人が多く集まるように、中学に入ると自然と私の周りにも全日派の同級生たちが集まるようになったのである。

そんな、私が大好きだった全日本プロレス。特に、故ジャイアント馬場氏に関するあるエピソードがいまでも忘れられない。

それは、80年代にプロレス人気が低迷していた頃でも会場を提供してくれた横浜文化体育館への恩を忘れずに、人気が復活した後でも横浜で興行をやる際は、新しく完成した大きな箱である横浜アリーナは一切使用せず、古く小さい横浜文化体育館のみで行っていたというエピソードである。

コロナウィルスの流行で、いま転職を考えている人って多勢いると思う。転職活動の準備をする前にクビを切られてしまう人も、今後続出するに違いない。

けど、どんなときでもピンチをチャンスに変える人って必ずいて、そういう人たちほどこっそり陰に隠れて努力することを怠らない。

こんな自粛ムードが続いている中でも個人がやれることは結構あるはず。特に忘れてはならないこと、それは既存のお客様や取引先とのパイプを切らさないことだと私は思っている。それは、いままで付き合いのあった人たちを裏切らないとも言い換えられる。

新しい需要を見つけたり、その需要に応える戦略を考えるのも大事なことだけど、もっと大事なのは「まず、生き残ること」。それで、「あなたは生き残るために何をしましたか?」と問われてどう答えるか。決して、組織に残るためではなく、組織が社会で残るために何をしましたか?の答えであることは言うまでもない。

最後に、この名言を記して終わりにしたい。

成り行きというと無責任なイメージを持つけど、これほど強いものはないんだ。つまり、自然の流れに逆らわずに正直に生きる。無理をしたり、作り事をやったら、それはそれだけの世界なんだ。

- ジャイアント馬場

 

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