横浜ライフコーチング

身体性を重視した、脱力系次世代幸福論。

仕事の愚痴は立派な機密情報です。

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愚痴ばかりこぼす人はどんな組織、コミュニティからも淘汰され、最後はこの世からも見放される。これは、スピルチュアルな意味ではなく、愚痴を言う本人の脳が無意識のうちに自分という存在自体が“癌”であると自覚し始めるからである。

常日頃、職場の愚痴を言うのが習慣になっている人は、ある重要なことに気付けない。それは、本当に大事な会社や組織の情報を得ていないということである。それは、言い換えれば信用されていないという意味でもある。

自信という言葉がある。大抵の人は「自分を信じる」と解釈をすると思われる。しかし、セールスの仕事をしていた私は全く違う解釈をしている。それは「他人に自分を信じてもらう」という解釈である。他人に自分を信じてもらい、信用してもらって初めて人は自主的に生きることが可能になるはずである。

取引先や既存の顧客から信用、信頼されている営業職の方やセールスパーソンによって支えられている企業はやはり強い。車業界であろうと外食産業であろうと、現場で働く人が信頼、信用されてこそ顧客の本音が引き出せるからに違いない。

もし、あなたが顧客の本音を拾えていなければ、それは意識のベクトルがどこか違う方角に向いているのかもしれない。たとえ、企業の最前線に立つポジションでなくても、自社の商品・サービスを簡潔に説明できなければ、その人の存在こそが企業にとっては“負の機密情報”である。

ちなみに私は外資系セールス時代、電車内の様々な広告を見てはその商品・サービスの強みを3つに絞って簡潔に伝えるイメージトレーニングをよくやっていた記憶がある。今でも、電車に乗るときにスマホを見ることは極力しない。なぜなら、電車内での読書こそインスピレーションを与えてくれることに気付いてしまったからである。

万人に平等に与えられた生命時間を有用無用にするのはあなた次第。その差は、隙間時間をどのように使うかによって出てくるはずだと私は思う。あなたはどうだろうか?

 

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「やる気あるの?」は立派なパワハラです。

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こんにちは。久々の投稿になってしまいましたが、皆様お元気でしょうか?私はすこぶる元気です。最近、このブログを訪れる方がまた増えてきました。世の中がこういう状況だと自分のライフスタイルを見直す人が増えるのかもしれません。今後、更新頻度を少しずつ上げていく予定なのでご期待ください。

さてここからが本題です。

企業や職場単位でコーチングを導入する場合、いちばんやってはいけないことがあります。それは、コーチングを学んだ人間が同じ企業内の従業員をコーチングすることです。これは、職場内で少しコーチングの本を読んだレベルの上司が部下に、たとえコーチングというワードを出さなくても、コーチングもどきのことをやってもまったく意味がありません。

なぜならば、企業が従業員に求めることは会社や組織の利益増大のために最大限貢献してもらうことであり、ゴールをあらかじめ用意した上でコーチングを行うこと自体、それはコーチングと呼べないからです。コーチングにおいて、ゴールはクライアント自身が見つけることが鉄則で、コーチはクライアントの実力、経験、スキルに対しても評価や判断することはNGなのです。

それでも、もしあなたがコーチング理論を職場やご自身が経営する会社にどうしても導入したい場合、私が是非おすすめしたい方法があります。それは、社員や従業員に「仕事以外で褒められることを一つでも増やしましょう」と日頃からアドバイスすることです。

これは教師や講師の職に就いている人には、なおさら使っていただきたいと願っております。その場合は、「勉強や部活、試験の結果や資格の取得以外で褒められる人間になりましょう」と言い換えられるでしょう。

みんながみんな、仕事で褒められようとするから、職場で「内戦」が起きる訳ですよね?挙げ句の果てには、管理職でもない人間が同僚に対して「やる気あんの?」みたいに、染み付いた奴隷根性で他人に“同化”を強要してしまうのです。

人間の脳は意識を向けた先にエネルギーが注がれるという特性があるので、周りの顔色ばかり伺っている人間が1人いるだけでも生産性は落ちていくものです。仕事でメンタルを病んでしまうのは、当たり前のようですが仕事に原因があるからです。

個を尊重できる人間関係があってこそ、集団になる意味があります。それができないのであれば、それこそ100%リモートワーク、もしくは営業等の仕事であれば直行直帰のスタイルに職場全体がシフトしていく必要があると私は思っております。

あなたはどうですか?仕事で褒められようとしていませんか?

心が健康であってこそ、仕事で得た経験、お給料が幸せの糧となっていくものです。職場であろうと、仕事モードであろうとあなたらしく振る舞っていいんですよ。それではまた。

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職場とは、わがままを言う場所である。

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平成25年に厚生労働省が行った調査では、15人に1人が生涯に一度は鬱を経験するらしい。しかし、実際はもっと多くの人が自分でも気付かないうちに鬱になっていると私は考えている。なぜなら、国民病とも言える腰痛や、肩こり、坐骨神経痛など筋骨格系の疾患は心理的ストレスによる脳の器質的変化によってもたらされているというところまで分かっているからだ。

以前は、鬱は心の風邪と言われていたことある。けれども、そんな単純なものではない。私自身、重度の腰痛で1年半近く働けない時期があり、鬱と腰痛の治療法が同じであることを知った時は正直ショックを受けた。幸い私の場合、気功やセルフコーチング、認知行動療法の知識があったのでなんとか自力で全快するまでに至ったが、多くの鬱や腰痛の患者が希望もなく誤った知識を頼りに彷徨い続けているというのが実情である。

ただの紙切れに福沢諭吉が描かれていると知った瞬間、心が動かされてしまうように、人間の心は結構危うい。なんの実体もない“情報”こそ、心を蝕む正体であり、もはや我々人間は物理空間よりも情報空間にリアリティを感じて生きている存在とも言える。

心の病を予防する方法、それは誰でもいつ心が病むか分からないという自覚を持つことだと私は考える。そしてもう一つ大事なこと、それは環境を変えれば鬱を予防できたり治せると安易に考えないことである。人の性格や思考回路は環境に関係なく不変である。しかし、だからこそ無理して現在の職場環境を変えることをしないでも、鬱は予防できるという希望が残されている。 

では、ストレスを上手にマネジメントしながら、心健やかにいまの職場で生き残るコツとな何なのか? 私の経験から言えることは、自分の仕事の成果を出来るかぎり数値化し、客観性を持って自己評価をすること。そしてもう一つ、それはわがままを言う習慣を持つことである。 

どんな仕事でもパフォーマンスの数値化は可能なはずである。客観的視点で自らの仕事の成果を説明できれば、たとえ自分の仕事について批判されたとしても感情的にならずに済むであろうし、必要以上にネガティブな評価をされた場合には冷静に反論ができるに違いない。

最後に、わがままを言うことのメリットについて。恐らく、多くの社会人がわがままなんて言えませんと思ってるかもしれない。けれども、外資系、国内大手、ホワイトカラー、ブルーカラーいろんな仕事を経験してきた私から言わせてもらえば、わがままを言えるようになればなるほど職場における人間関係のストレスは減っていくものである

そして面白いことに、リラックスして緩い雰囲気を出している人ほどなぜか愛される傾向がある。職場内だけではなく、顧客やクライアントからも愛されるというメリットだってある。高いパフォーマンスを維持してるからリラックスできるのではなく、自ら積極的にリラックスできる環境を作ることで仕事のパフォーマンスは上がるのである。

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職場で売られた喧嘩に100%勝つ方法

新宿の大通りの写真


こんにちは。
 
誰でも社会に出れば、“売り言葉に買い言葉”を避けて、怒りを押さえ込んで損した気分を味わったことが一度や二度あると思う。

怒りは排泄行為のようなものなので、我慢するのはあまりよくない。実際、アメリカでは怒りと病気の関係性についての研究が数多く行われていて、怒りを正直にぶつける癌患者ほど、癌の拡大する確率が低くなるという調査結果があるくらいだ。

それじゃあ、怒りはどんどん出すべきかと言えば、それは絶対NOだと私は考える。それには、二つの理由がある。一つは、感情的になると人のIQは一気に下がるので、正しい判断が出来なくなるということ。そして、もう一つは、怒りの感情を出すこと自体がいまの社会において、マネジメント能力の欠如と見なされるからである。(職場においては、パワハラの証拠ともなる)

もし、あなたが職場で上司や同僚から喧嘩まがいに、無理難題、いちゃもん、軽蔑的な態度、理不尽な要求をふっかけられた場合、どのように対処すればいいのか?

居酒屋チェーン、外資系教育関連会社、大手物流グループ等、いくつかの異なる業界で仕事をしてきた私から、とっておきのアドバイスをお伝えしたいと思う。

それは、職場で売られた喧嘩に対してはクレームをつけて、第三者の手を借りて突き返すのである。

絶対に、正面からぶつかって言い返したりするのはスマートなやり方ではない。交通事故と同じで、相手に非があったとしても、正面からぶつかってしまえばこちらの正当性を証明するのは困難である。

しかし、まずは一旦受け止める。そして、相手がぶつけてきたことの不当性(心理的な被害や職務遂行の妨害等)を論理立てて第三者に相談する。そうすれば、相手の行為を「当たり屋」同然と主張することが可能になるのである。

私は実名でブログを書いている以上、あまり具体的なことは載せられない。けれども、職場で人間関係が絡んだ厄介事が起きたとき、状況と感情を第三者に伝えることで味方が増え、心理的にも余裕が出来たという経験を数多くしてきた。

そして、自分が伝えたい、もしくは反論を込めたメッセージは、なぜか少し遠回りをした方が威力を増すので“効き目”が強くなる。そこまで出来れば、相手の売り言葉もタダ同然。

売られた喧嘩は、絶対に“高づかみ”してはいけない。投資の世界では、「落ちるナイフは落ちてから拾え」という言葉がある。これは、人間関係においてもまったく同じ。

一度きりの人生、余計なことにエネルギーを使うのはもったいない。世の中には、直接触れてはいけない人もいる。かといって、無視すれば追いかけてくる人もいる。だからこそ、一人で戦ってはいけない。絶対に。

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やる気を奮い立たさなくてもやりたいこと。それにすべてを賭けろ。

ライブの舞台写真

できないことに気を取られずに、できることをやりなさい。

- ジョン・ウッデン(バスケットボールコーチ)

 

むかし、わたしの敬愛するミュージシャンがステージ上から客席を指差し、こう言った。

“オレの中の少年がいつもそこにいるんだ”

誰もがピュアな自分をこころに閉まって生きている。
その純粋無垢な自分は正直で、親切で、道を踏み外そうとすれば親よりも厳しい言葉を浴びせてくることもある。

何歳になってもその多感な時期に形成された自我を背負って人は生きていく。
その自我に紐づいたものを、自ら意識できた人はホント幸いだと思っている。

それくらい、多くの人が無意識のうちに自我につぶされ自滅していくのを見ているからだ。

ここ数ヶ月、気功やヒーリングを学んだり、旅をしたり、やりたくないことに首を突っ込んでみたりして、感じたことをnoteというツールを使ってありのままにアウトプットする日々を過ごしていた。

そんな中で、わたしはあることに気付いた。
それは“人はみな、心地よく生きるために生まれてきたのだ”という結構単純であり、究極的な啓示を自ら気付かぬうちに無視して生きてきたことである。

自分のこころの深層を探っていくと、やはり行き着くのは10代の多感な時期なのだ。
その頃に起きた小さな自己変革や成功体験に紐づいている感情、それを丁寧にたぐり寄せていく過程でかけがえのない発見ができたこと自体、幸運だと思っている。

やはり、こころが闇になるのか、灯火になるのか、それは育った環境次第でもあり、本人次第でもある。
その180度真逆な人生の選択も本人次第だからこそ、一度は立ち止まって、できるかぎり客観的に視点を持てる環境をお金をかけてでもつくってみるのもアリだと思っている。

今年は、誰もが心地よく生きていいんだよ、いや心地よく生きるべきなんだよというテーマで発信していこうと決めたのだ。

マジメな人ほど、がんばる必要なんてないんだし、どうしてがんばるのか自問自答してほしい。

そして、あなたの周りにがんばることで疲弊している人がいたら、手を差し伸べていただきたい。

誰かを助けたりして横のつながりを感じてみる。
それこそが生きるモチベーションであり、本当の意味での“やる気”や“努力”につながると信じている。

で、ここで書ききれないことはnoteでも書いていく。

だからわたしのnoteを是非フォローしていただきたいと思う。

Live your life !

 

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