横浜ライフコーチング

時間は未来から過去に流れてゆく

苦しい選択を自分に強いれば、その後の人生もツラくなる。

沖縄にある橋の写真

人生という試合で最も重要なのは、休憩時間の得点である。

- ナポレオン・ボナパルト

 

こんにちは!松江です。

久しぶりの記事になりました。目を通していただけることに感謝致します。

 

これは私が高校生のときの話。

高三の夏に予備校の夏期講習に通っていたのですが、あまりのハイレベルな内容に着いていけず途中で挫折。

今でも、当時どんな勉強をしていたのか全く思い出せないのですが、唯一記憶に残っていることがあります。

それは、レギュラーの講師が欠勤したときのこと。

臨時の先生が代わりに授業をやってくれたのですが、名前も知らないその先生が男性なのか?それとも女性なのか?最後まで分からなかったんですよね。

顔も体型も声も服装も中性的。

授業中、「この講師は男性なのか?それとも女性なのか?」ずっと考えていたことだけをよく覚えています。

 

当時は、トランスジェンダーという言葉も一般的ではありませんでした。

なぜ、冒頭にこの話を書いたかというと、性同一性障害を抱えた小学校教師について取り上げたニュースを見ていて、ふと思ったんですよね。

それは、「カミングアウトって絶対に必要なの?」ってことです。 

誤解を恐れずに言えば、どんな環境においても他者からすれば、その人が男性なのか女性なのかトランスジェンダーなのかどっちでもいいじゃんってこと。

 

性別の問題に限らず、日本では当たり前のように多くの人が自分自身に“苦しい選択”を強いてるような気がしています。 

誰にでも、生きていく上で選択を迫られる場面はあるはずです。

しかし、選択をしないことも「選択肢のひとつ」であることを忘れてはいけないような気がしています。

 

人生、ツラいツラいって思ってる人は、考え方が“ツラい”のではないでしょうか?

手放す、見ない、追わない、こだわらない。

ココロと身体がラクになる瞬間って、いつもそんなときなんですよね。

 

考え方が病んでいれば、身体も病むという現象が必ず起きます。

現実は常にマインド相応です。

自分に厳しくすることも多少は必要かもしれません。

しかし、自分自身と“親切に”向き合うことはもっと大切です。

 

この記事が少しでも参考になれば幸いです。

それではまた。

山の頂上に立つ人の写真

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